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2004年10月の活動レポート



10月31日(日)--------------------------------------------

公明党結党40周年の党大会が開催される。公明党が自民党との連立政権に参加して5年目の節目。また結党40周年を迎えての大事な党大会であったと思う。私は直接党大会に参加はできなかったけれど、40年前の結党大会で、「大衆福祉の公明党」「日本の柱公明党」という垂れ幕が掲げられていたそうだが、今も尚、大衆とともにという原点は決して忘れてはいけない。政治を遠くに感じさせてはいけない!と思っている。

10月30日(土)--------------------------------------------------

今年のちっご祭りは50周年記念事業の一環として捉え、昨年よりやや遅い実施。しかし今回が35回を数えるとは気づきませんでした。
私たち明推協は、選挙の啓発も兼ねてちっゴー!ゴー!パレードに出演。さざんか広場に集合となっていたが、実はこれも分からなかったのだ。さざんか広場とはJR羽犬塚駅西側広場のことでした。
そこから、山の井河川畔シンボルロード(というそうだ)を行進。サザンクスまで意外と近い道のりでした。また、ちっご祭りと同日に農業祭りも開催されていたが、そちらも大盛況。帰りはシャトルバスに乗って戻りました。

10月29日(金)--------------------------------------------------

午前中は、郷土資料館で資料の案内ボランティアに出動。今日は筑後小学校3年生69名だ。まだまだ私は説明するには力不足であるが、子どもたちと触れ合えるのが楽しい。また、子どもたちの質問が勉強となる。

午後は、筑後市におけるいきいきスクール事業の授業公開に出かける。今年度は水田小。私も地元でもあるので、また子どもたちが足で探して歩いた町の発見があるというので楽しみでもあったからだ。
町を知ることは、その活動の中でも喜びがあるし、新しい発見に地域への愛着がさらに深まるという、いいことづくめである。
私たちT・Mの会(まちづくりの会)のねらいもそこにある。子どもたちの生き生きとした姿が本当によかったです。担任の山田先生、ご苦労様でした。

10月27日(水)--------------------------------------------------

T会で阿蘇方面へ足を伸ばす。車2台約2時間かけて、風の丘、大野勝彦美術館に到着。大野氏は平成元年、農作業中機械に挟まれ両手切断となった。
自身の心情を絵と詩に託している。今では義手は自由に扱いこなしておられる様子 。まわりの全てに感謝できるようになったのも自分がそういう身の上になったからだと語る大野さんに、この館を訪れる人に勇気を与えているのだろう。
帰りは阿蘇の雄大な景色を眺めながらめずらしい野草にも出会いながら帰ってきた。


10月25日(月)--------------------------------------------------

全員協議会。広川町、八女市、筑後市においての任意協議会が解散になったことが、市長の口から改めて伝えられる。既に新聞、ホームページでは知らされてはいるものの、何か、力が抜けた感じがする。市民の中にまだそのことを知らない方も多く、「合併はどうなると?」と聞かれることがある。

10月20日(水)--------------------------------------------------

台風23号。今年は何度も台風が上陸。23号は九州に上陸しなかったものの、朝から夕方4時くらいまで北風が強く吹いた。市内のトマトハウスも被害があった模様(夕方のテレビニュースで報道)。先日訪れた四国地方のことも気にかかる。

10月16日〜18日(土〜月)----------------------------------------

生涯学習まちづくり研修。
貸し切りバスを使って、柳井市、愛媛県新居浜市、双海町(夕日が一番美しい町)、内子町、砥部町を視察研修。新居浜市は台風の爪あとも生々しく、後片付けがようやく終わったばかりということでした。
職員も含むまちづくりメンバーが応対してくださった。ちょうどこの日、新居浜市あげての太鼓の祭りの真っ只中でした。
(※ちょうど一週間前全国生涯学習まちづくりサミットが新居浜市で実施されたばかり)

双海町(夕日が一番美しい町)
ここには写っていませんが、昼間から
たくさん人が寄っているのにはビックリ!
新居浜市

 
10月15日(金)
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広川町、八女市、筑後市の合併任意協議会解散となる。

議会広報紙の編集会議。
内規、発行回数、掲載事項、組織、任期、広報紙の名称等について話し合った。
(※10月12日委員会のメンバーで春日市へ行ったときの資料等参考にした。)

10月14(木)----------------------------------------------------

今日は、昼夜2回にわたってサザンクスで「日本と中国の心の歌」と題しての李広宏(リ・コウコウ)さんのコンサートでした。市の後援をもらっていたので昼は城戸一男教育長に、夜は桑野市長に挨拶をしていただきました。
李さんの原点は、「こんなに美しい日本の四季、日本人の心を、母国の人にもどう伝えていくか」だそうだ。私も日本人として忘れかけていたものを思い出させてもらいました。


10月13日(水)--------------------------------------------------

クリーンちくごの定例会。メンバーの一人の案内で今回の定例会は三潴町のハーブの店で行いました。メンバーには心配かけましたが、ハーブの香りで腰の痛み少し和らいだ気がします。

10月11日(月)--------------------------------------------------

筑後市でのふる里PR隊の撮影日でした。天候に恵まれ絶好の日となったのだが、私は午前中、ぎっくり腰のようになり、歩くのが辛く(車の運転は歩くより楽)、目的の集合場所まで行くのが本当に大変だった。とはいえ、無事終了。場所は船小屋の鉱泉場です。



※船小屋の鉱泉場に夏目漱石の碑があることをご存知でしょうか?手元にある資料によると、「文政七年」、西暦で言うと1824年、今から約180年前に船小屋温泉が始まり、1888年(明治21年)ごろになって浴場創立とともに旅館が建つようになったという。そして明治26年以降、船小屋温泉は世の中に知れ、急激に繁栄、繁盛したそうだ。漱石が訪れたのは、明治29年の9月。船小屋がまさに、旅館新築ラッシュのときだったらしい。漱石は6月に結婚したばかりで新妻を伴って、北九州、筑後を回って旅行した折、詠んだ句がこの碑に収められているのである。その句は、
ひや〜と 雲が来るなり 温泉の二階

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